長文コメント
| 82点(全体) | (napier) ,2014-01-20 ,ID:c108435 |
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| 自然秩序の一部として人間が生まれ独自の社会秩序を形成する。でも自然の秩序の場合には長時間をかけて上手く均衡化されてるんだけど社会秩序の場合には上手く均衡化されるのが難しい。で、秩序の洗練化の果てに結局カオスが戻ってくることになる。バブルの時代に2020年の東京オリンピック前を舞台にしてテロやデモに溢れ荒廃した東京を描き出したのがこの作品。そこにはバブルの華やかさとは裏腹にこんな時代長くは続かないよっていう思いが、まあフロイト流に言えば「死の欲動」みたいなものがすでに現れている。 軍部がクーデターを起こすんだけど、日本の歴史を見ても分かるように天皇も幕府も起源は武人。人間がもろい身体を持ち続ける限り数と暴力は常に政治の中心でありつづける。暴力は秩序の下支えをし、ときに秩序を内側から壊す。 暴力よりもさらにイレギュラーで非合理的なのが実際生命・宇宙の存在そのもので、AKIRAは軍事さえも制御不能な超能力をもつ少年。デモ隊や宗教団体が「アキラ様」と言って讃えるシーンがあるけど、やっぱり福音書を連想しないわけにはいかなかった。昔から密接な関係にある政治と宗教ってのは、現代の日本では特に想像しにくいけど、内政での圧政や外国からの侵略が絶えなかった国では、信用できない自国のものでも外国のものでもない秩序を民衆は求めたに違いない。それが人間の上位としての神の秩序としてイメージされたわけで、現代では、自然・生命・宇宙などのイメージに大体相当するのだろう。実際、人間身体のパーツの配列や働きにしろ、センサーとしての五感にしろ、処理能力としての思考にしても、無意識に使いこなしてはいるけど、それ自体は人間が作った秩序ではないしね。未知の生命力を政治的に特権視して待望するかどうかはさておき、生命の謎は少なくとも今世紀中は人の好奇心を掻き立て続けるでしょう。 |
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