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劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語のレビュー/感想

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88点(全体) (napier) ,2013/10/27

(ネタばれ)続編としての接続は思っていたより良かった。やり残したことをきっちりやり遂げてくれた感じ。

全時空間の魔法少女がまどかによって救済されたは良いものの、唯一まどかだけが犠牲となった後の世界でほむらは当初の契約「まどかを救う」を時間遡行とは別の魔法で実現する。
まどか神への干渉にはきゅうべえとの契約の余波を読み取った方が設定上無理がないように思われます。つまり「自分以外の全てを救う」という奇跡と「まどかだけを救う」という奇跡は互いに消去し合わずに補完し合い、まどかが残した隙間をほむらが埋めようと反逆したのです。

ただしその隙間はほむらがまどかを愛しすぎた上での虚構に違いないわけです。いや、隙間が仮に実在したとしても自己の認識のフィルターを通されたどんな隙間も既に実物と同じではない。「魔法少女」=「世界からはぐれて一般常識や因果律とは異なる奇跡と受難の道を行く人」はこのような懐疑を持ちます。

他者にこのような隙間を認めて相手の意志を尊重するというのは大人の処世術でしょう。しかしほむらはこの隙間に限界まで接近しないではおられません。他者との一定の距離を保つ関係性からときに互いを傷付ける危険を冒しても接近に至らしめるもの、これが愛なのでしょう。概念化する神と概念を再び地上に引き戻そうとする悪魔という正反対の運動において、実は愛のその本質的な一面を露呈させていると言えます。
欠如としての愛。一体になることが不可能である絶対他者。満月にではなく、むしろ半月にこそ表層的でない愛が表現されるのです。

もう一つはきゅうべえへの反逆です。神を科学の支配下に置くこと、つまり神と人間を同一物にすることへの反逆が極論すれば善悪二元論だというわけです。つまり、神と人間との距離が近い神道的な価値観に対して、まずは神と悪魔という超越的な次元があり、その数段下に人間を置くモデルです。超越神を措定する点は浄土系の仏教、キリスト教にも近いですが、アニメでの救いがみんなを救う大乗仏教的であるのに対し、今回善悪二元論にまで展開させたところはアニメ版の(欺瞞的な)救済観への批判を明らかに含んでいます。

他者への寛容という名の無関心、人のなかに根源的な悪を認めない人間観、異物を排除して欲しい結果を求めるだけの静的なコミュニケーション、この映画が反逆するものはこういうものでしょう。


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